モデルと向き合い、その姿を写し取ることは、作品制作の出発点であり、基礎的な修練として重んじられてきました。また、画家がモデルの中に作品の方向性や生涯のテーマを見出すこともあり、創作活動の源泉として重要な役割を果たすことがあります。本展では、作品に与えた影響や、恋人・親類といった作家との関係性など、様々な角度からモデルに光を当てながら、西洋絵画、日本洋画を中心に、彫刻、日本画も含め、当館コレクション約60点を展観いたします。
展示構成
彫刻とモデル
本展のはじまりとして、人物をモデルとした彫刻作品をご紹介いたします。
ブールデル《弓を引くヘラクレス》は、軍人で、アスリートでもある人物にポーズをとらせて力強いフォルムを造り出し、神話に登場する英雄にふさわしい相貌で表現されています。ジャコメッティは、自分から離れ、次第に小さく見える人物像に想を得て、モデルと自分とを隔てる距離を彫刻表現に取り込み、《小像(男)》、《小像(女)》を制作しました。彫刻作品から、その「はじまり」であるモデルの存在へと遡るようにして、作品を読み解いていきます。
《弓を引くヘラクレス》
1909
《小像(男) 小像(女)》
1946頃
ミューズとしてのモデル
ギリシャ神話における芸術をつかさどる女神「ミューズ」のような存在として、作家や作品に影響を与えたモデルたちに着目し、西洋絵画を中心に展観いたします。
ボナール《青いジレを着たブロンドの女》は、かつて恋人関係にあり、たびたびモデルを務めたルネを描いたもので、鮮やかな黄色を用いて、特徴的な金髪を表現しています。シャガールは、最愛の妻ベラをモデルとして描き、彼女が急死した後も、その記憶に捧げるよう作品を制作し続けました。作品の背後にある、作家とモデルをめぐるエピソードやドラマに光を当てます。
《青いジレを着たブロンドの女》
1922
《すみれ色の花》
1943
メナード美術館 初公開コレクション
エドヴァルド・ムンク
《ラグンヒルとダグニー・ユール(二人の姉妹)》
制作年:1892-93年
形質:油彩、カンヴァス
サイズ:96.0×67.0cm
自身の精神的な体験に基づき、生命、愛、死をテーマとした連作を生み出した画家エドヴァルド・ムンク。代表作《叫び》(1893)など、19世紀末の人々に広く共有された不安や孤独を内包する作品には、それらの感情と表裏一体である人間の生の様相が表現されています。
本作品は、ムンクの数々の作品の源泉となったダグニーとその妹を描いた作品です。知性、美貌、そして当時の女性の規範にとらわれない奔放な言動により、ムンクも参加した芸術家サークルのメンバーたちを魅了したダグニー。ピアノを演奏するダグニーの背中を見つめる、ムンクのまなざしが想像される作品です。
日本における人物表現
西洋絵画の技法が日本にもたらされ、伝統的な絵画とは異なる迫真的な表現として本格的に取り組まれるようになったのは、明治時代のことです。モデルを用いた美術教育も一因となり、モデルを写す行為は、制作の基礎として広く取り組まれるようになりました。伝統的な日本画においても、モデルの特徴を捉えることに重きを置くジャンルが存在しますが、著名な古画を手本として写す「臨模」を重んじる傾向があり、人物モデルが存在しない作品が見られます。
江戸期に役者絵の分野で好評を博した写楽、明治期に創設された東京美術学校西洋画科で教鞭を執った岡田三郎助、明治から昭和にかけての京都画壇において活躍し、理想的な女性像を探求した上村松園など、日本の画家たちが描いた様々な人物表現を、モデルを視点としながらご紹介いたします。
《裸婦》
1921
《新秋》
1940~45頃
日本洋画を彩るモデルたち
日本で西洋絵画に取り組む画家たちにとって、モデルは必要不可欠な存在でした。明治の中頃には生業としてモデルを務める人物が存在し、画家たちはその姿を前に制作に取り組むようになりました。しかし、多くの画家たちにとって、モデルを探すことは、容易なことではありませんでした。恋人や家族など、近しい人をモデルとすることは、必要に迫られる面もあったと考えられます。モデルの姿や顔立ちなど、創作上の興味関心から、特定のモデルを描くという事例も数多く見受けられます。中村彝の恋人であった相馬俊子、岸田劉生の愛娘の麗子といったよく知られる人物から、現在では名前を知ることができない人物まで、画家たちがモデルたちを描いた理由に迫ります。
《婦人像》
1913頃
《笑ふ麗子》
1922
西洋絵画名作選
ゴッホ、ピカソ、マグリットなど代表的な所蔵作品約15点を展示します。
《静物=ローソク・パレットと牡牛の頭》
1938
※ 展示内容は変更になる場合がございます。ご了承ください。


