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18世紀(江戸時代中期)
紙本金地彩色 二曲一隻屏風
165.5 ×184.0cm |
京都の呉服商雁金屋に生まれる。弟は陶工の尾形乾山。初め狩野派の画法を学ぶが、やがて本阿弥光悦・俵屋宗達に傾倒し、装飾性に富む琳派様式を大成するに至った。光琳の斬新な意匠性と豊饒な装飾性はその後の美術に大きな影響を与え、現代に至るまで続いている。
三十六歌仙とは、平安時代中期の歌人藤原公任によって選ばれた三十六人の歌道の名人のことである。歌仙図は歌学と似絵(にせえ)
が盛んになった鎌倉時代以後好んで描かれたが、歌仙の略歴と詠歌を書き添えた絵巻物の形体をとることが多い。
尾形光琳のこの「三十六歌仙図」は、本来なら時代不同であるはずの歌人たちをまるで歌会を催しているかのように群像として一図の中に描き込んだところが従来の歌仙絵とは異なり、奇抜で光琳独特の巧みな構成を示している。また歌仙各人の顔の描写は個性的であり、その表情を生き生きと伝えている。ただしこの図に描かれている歌仙の像は全部で三十五人。高貴な身分の斎宮女御(徽子内親王)だけは几帳の中にその姿を隠しているのである。光琳の洒脱な感性が見事に表現された傑作といえよう。
なお本品は秋田佐竹家伝来の品であった。 |